第九回 布ポスターのような人?
「今日も!お前は!いい波のってんねぇ!」
「隣の!あなたも!いい波のってんねぇ!」
突然、リズミカルにスマホを向けられた。
びっくりした。
でもそれ以上にびっくりしたのは、
私の隣にいたのがゾンビだったからだ。
しかも、なんかチャラい。
そのゾンビは連れのゾンビと仲良くTikTokをしているじゃないか。
「お姉さん、ノリわっるぅ~」
その言葉とともに彼の前歯が抜け落ちた。
こわ。
私は今日、コスプレのイベントに参加する。はずだった。
だけど、目の前に広がっている景色はどう見てもウォーキングデッド。
あれ、今日ってゾンビのコスイべだっけ?
いやいや、ゾンビは私の守備範囲じゃないし・・・
なんか腐敗臭がリアルだし・・・
もしかして、この人達、ガチのゾンビ?
「ねえねえ、お姉さんってメンクイ?」
「うわあっ」
別のゾンビが私の足元から登場した。
映画でよく見るような、地上から上半身だけ飛び出たスタイルだ。
「だからあ、麺食い?」
「え、麺、なら、食べる、けど・・・」
「それじゃあ行くしかないっしょ」
緑色した手が私の足首をつかんだ。
と、同時に思いっきり下にひっぱられた。
ぎゃああああああああああああああ
ん。あれ?なんか食欲をそそる香り・・・
「ぅいらっしゃあせえ~い!!!!!」
強引に連れられた地下には何故か、もくもくと湯気が立ち込めるラーメン屋があり、
店内はゾンビ客達で賑わっていた。
「ご新規様二名入りもぁ~っす!」
その店員の一声で、他のスタッフ達が一斉に
「いったん・つけめん・これボーエン!!!!」
と、どっかで聞いたことあるような掛け声で私達を迎え入れた。
「ままま、ボーっと突っ立ってないで、とりあえず座りましょうよ」
私のことを強引に連れてきた緑のゾンビにうながされて、カウンター席にすとん、と座る。
すると湯気が立ち込めるカウンターの奥から、店長と思しき姿が現れた。
なぜ店長だと思ったかというと、その風貌が他のスタッフと違うからだ。
「い、い、いったんもめんだ・・・」
そう、ほんとうにいったんもめんなのだ。
某妖怪アニメで見たままの、ぺら~っとした、あの。
「いったん水飲む?それともいったんメンマ?」
うわあ本物だ。
なんか声がめちゃくちゃイケメンボイス。
割とまじで好みのタイプなんですけど・・・
「それともいったんリンボーチャレンジしちゃう?」
「は、はい・・・」
声フェチの私は、
熱に浮かされたように、ぼ~っとしたまま返事をしてしまった。
「いったんリンボーチャレンジ入りましたぁ~スタッフぅ~準備してぇ~スタッフぅ~」
緑のゾンビが私の両肩を思いっきり掴んで、興奮気味にまくしたてた。
「お姉さん!まじ?まじまじのまじ?まじでやっちゃうの?やぁっばいね!」
何がやばいのかイマイチ分かってないが、私はいったんもめんの彼に夢中なのだ。
もう、彼のことを考えると、顔が火照ってしまう。
火照りすぎてて、汗が止まらない。
あつい。あっつい。いや、
「アッチィイ!!!!!!!!!!!!!!」
リンボーチャレンジって、炎のリンボーダンスかよっ!!!!!!!!!!!
周りのゾンビ客も、お店のスタッフ達も興味津々で私の事を見ている。
いやいやいや、できないから。
燃えちゃうから絶対。
「これにいったん成功したら、次回無料券をプレゼントするよ!」
「やります」
即答してしまった。
「いったん・つけめん・これボーエン!」「いったん・つけめん・これボーエン!」
店内にみんなのコールが響き渡る。
てか今思ったけど、ゾンビってめちゃめちゃいいやつらだな。
ゾンビ達の応援コールに後押しされ、
いざ、燃え盛る棒の下へ・・・
実は体の柔らかさには自信がある。
ぐいいっと背中を反らせて、パチパチと燃える棒に近づいていく。
でも、ううぅ、あっつ。
あっつ!!やっぱ無理だってぇ
半泣きになりながら、もう諦めようとしたが、
「いったん・つけめん・これボーエン!」「いったん・つけめん・これボーエン!」
どんどん盛り上がるコールの中で、
若干涙目の緑のゾンビが私に向かって叫ぶ。
「お、お姉さん、いっけえええええ!!!!!」
あいつ・・・ったく、いいよ。
やってやるよ!!!!
頭が地面につくんじゃないかというくらい、
更に背中を反らせた姿は、まるでエクソシスト。
そこから、慎重に、かつ大胆に、進む。
お腹が焼けそうで、怖いくらいあっついけど、
ぐん、ぐん、ぐん、じり、じり、じりと進んでいく。
そして、ついに。
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
店内に歓声が轟く。
私は、炎のリンボーダンスに成功したのだ。
緑のゾンビは膝から崩れ落ちて号泣している。
「やった、やったあ~うわあ~い」
嬉しさのあまり、いったんもめんに抱き着く。
ぎゅうっと、しわが出来そうなくらい、強く抱きしめる。
「い、いた、いたいから、いったん落ち着いて、いた、いったん」
彼がそんな事を言っているのが聞こえていたが、今は離したくない。
離したくないどころか、持ち帰りたい。
そうじゃん。持ち帰っちゃおう。
そこからはもう早い。
スッスッスッと素早い手さばきでいったんもめんを畳んでいく。
A0、A1、A2、A3と、最終的にA4サイズくらいまで折り畳んで、
小脇に抱えて騒がしい店内をササっと抜け出た。
小さく畳まれた、いったんもめんの彼は抵抗するのに諦めたのか、おとなしく、静かだ。
「ど、どうぞ、我が家へ・・・」
私の家についてから、だんだんと頭が冴えていき、
そういえば、あんなに折り畳んでしまったらしわくちゃになっているんじゃ・・・!
と思い、焦っていったんもめんを広げていく。
「あれ・・・」
いったんもめんの彼のしわはそんなについていなかった。
「いったん」
第一声の彼の声は、とても静かだった。
「・・・いったん、落ち着いてみたかったのかもしれない」
「え?」
どうやら、彼は人気ラーメン屋の店長としてせわしなく働いていた為、
仕事から離れてゆっくり休む、という事をずうっと出来ていなかったようなのだ。
「だから、最初は、怖かったけど、いったん、君に身を委ねようと思って、
そしたら、なんだか今、とっても居心地がいいんだ・・・あ、いったんお茶くれる?」
意外と図々しいな。と思ったが、勝手に連れ込んだのは私だし、
やっぱり彼の声が好きだから、たっぷりくつろいでもらおう。
と、思っていたのだが。
彼の元々のアクティブな性格からか、家の中で落ち着いていられず、
趣味のコスイべにも毎回ついてくるようになったし、
更に私の医療関係の仕事場にもついてきて、
ついには学会発表にもちゃっかり参加して、
「いい気分転換になったよ!いったん職場帰るわ!」
と、あのボーエンのつけめんを置いて、地下へ帰っていったのである。
そういえば、あの時、食べそびれちゃったし、
次回無料券も、もらえなかったんだよな。
あーあ。もう彼とは会えないのか。
そう思っていた私の手は、いつの間にか一切れの布を握りしめていた。
そこには
「また、いったん食いにこいよ」
の文字。
顔が、ポッとなった。
これはとある印刷会社で働く、紙をこよなく愛する人が、
紙の特徴を伝えたいという想いから始まった、紙を擬人化したショートストーリーである。
「紙女」
第一回 マット紙のような人
第二回 光沢紙のような人
第三回 耐水紙のような人?
第四回 メッシュのような人
第五回 合成紙糊あり・なしのような人
第六回 ターポリンのような人?
第七回 パワー合成紙のような人
第八回 電飾フィルムのような人
第九回 布ポスターのような人?