第二回 光沢紙のような人
ある祝日の日。
私は久しぶりに渋谷へ出掛けた。
思わず目を細めたくなるほどの日差しに、ハチ公前にいる若者たちが
いつも以上にキャピキャピしているように見えた。
「私も、あんなときがあったっけな・・・」
そんなことを思いながら、信号待ちをしていると、
近くに停まったタクシーから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「運転手さん、ヒカリエに停めてって言ったじゃない!」
ハリのある声に引き寄せられるように視線をうつすと、
そこには先日友人の結婚式の二次会で知り合った、ヒカルさんがいた。
「ヒカルさん・・・?」
彼女、照田ヒカルさんは外資系証券会社に勤めているバリバリのキャリアウーマンだ。
体のラインにフィットした、鮮やかな色のワンピースを着た彼女は
艶やかなロングの髪をひるがえし、声をかけた私の方へ振り返った。
「アラ!お久しぶりー!」
コツコツとアスファルトを鳴らすヒールの色は、
まるで今日の空を映したかのような、爽やかなブルーだった。
「すてきな色の」
私が言いたい言葉をまるで分かっているかのように、ヒカルさんは光の速さで反応し、話しかけてきた。
「フフ、いい色よね、コレ。今、OL達の間で人気のRGBってブランドの靴よ。」
「RGB・・・?」
RGBとは、これまで実現できなかった、鮮やかな発色を見事に再現することに成功したファッションブランドである。 (実際には存在しません)
「わたし、こういう明るい色、スッゴく好きなの!なんだか日常が輝いて見える気がして。」
「ヒカルさ」
私は言葉を紡ごうとしたが、彼女は続けて語った。
「色は大事よ。相手への印象はもちろん、自分が自分に対して思う印象にも繋がるって、私は思うの。あなたもそう思わない?」
「はい、そうで」
私が同意するより前に、彼女はまた語り始めた。
「ね!思うわよね!うん、明るい色は気分まで明るくなるのよ。わたし、占いとか信じないけど、ラッキーカラーはつい見ちゃうのよね。」
会話のキャッチボールというより、会話のジャグリングだ。わたしは負けじと質問した。
「ヒ」
「そうね。あなたも気になるわよね、ラッキーカラー。」
私は「ヒ」しか言っていないのに、なぜ言いたいことが分かったのだろう。
彼女はまるで未来人かのようだ。
ふと、太陽の光が雲に隠れ、先ほどまで輝いていた街並みが突然、しんと静まったように感じた。
私は空に向けていた視線をヒカルさんに戻し、会話を続けた。
「ヒカルさんって、いつから明るい服を着るようになったんですか?」
あれ、私最後まで言えてる!?
そんなことを思いながら、一瞬、時が止まったかのように間をあけてから彼女は応えた。
「え〜〜〜っと、い〜つだった〜けかな〜〜。」
あれ・・・。
私はヒカルさんの様子が急変していることに気づいた。
まるで水中で会話しているかのような時間の流れだ。
もしかして・・・。
私はヒカルさんにとある法則を感じた。
「ヒカルさん、日の当たる場所に移動しましょうか。」
「あ〜〜〜。いいわね〜〜〜〜〜え。」
私達は雲の切れ間から光が差し込む場所を見つけ、会話を続けようとした。
「ヒ」
「明るい服を着るようになったのはね、私が生まれる前からよ!
ホラ、私の名前ってヒカルでしょう?
両親がね、光に照らされてキラキラ光り輝く子になるようにって、願いを込めてつけてくれたのよ!
だから、私が明るい服を着てるのは必然なのよ!」
「そ」
「ね!笑っちゃうわよね〜!フフフ」
ヒカルさんの白い歯が、キラリと光った。
これはとある印刷会社で働く、紙をこよなく愛する人が、
紙の特徴を伝えたいという想いから始まった、紙を擬人化したショートストーリーである。
「紙女」
第一回 マット紙のような人
第二回 光沢紙のような人
第三回 耐水紙のような人?
第四回 メッシュのような人
第五回 合成紙糊あり・なしのような人
第六回 ターポリンのような人?
第七回 パワー合成紙のような人